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【いじめや虐待について】何か良い案や突破口あるならと再びの【質問】です。

  • カテゴリー:人間関係
イジメや虐待によって命を絶ったり断たれたり、哀れというより怒りを覚える。しかし、また昨日解せないニュースを見た。【赤いリボン
を胸に付け『いじめをしない仲間』を増やしていく】としていた。確かに何もしないより良い。いじめがその場では消えるかもしれない。しかし【いじめの無い世の中、社会ってあるか?】と。残念ながら無い。私が危惧したのはそこだった。【また、更にイジメに弱い子供が出来ると】…。抵抗力の無いひ弱な人間に育つのでは…と。(イジメもより陰湿にならないかと)。たとえその場のイジメが無くなったとしても、ひ弱な心身状態で、はたしてこの弱肉強食の世の中をどうたくましく生きていけるのか、少し心配やら疑問を持った。打たれ強い人間になるには何がどう必要なのだろうか。イジメは許すべきではないのに…矛盾している。虐待に至っては絶対に立場の弱い者に対して行っている事断じて許せない事だ。
  • 2006/12/12 5:12
回答数:9

回答

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  • 2006/12/13 0:12に回答
いじめを 知らずに 育ったら 幸せだと思います。弱い人が いても良いんです!
こころを 挫かされて 弱くなる人がいて 良いんです。他人に 嫌がらせをして 楽しむ人もいれば、それを 見て 悲しんだり 止めたりする人が いるんです。誰かが 支えて 味方になってくれる 事が 大切だと思います。味方がいれば 生きていけると思うんです。
いじめは 無くならない! からこそ
駄目だって 言える様に する事が 大事で いじめられる方を 変えたがるのが わかりません。
虐待も 周りの人が 助け易い 法律を 作ってくれれば…。気付いていたと いう人達が 後から出てくるし…。
駄目だと 言える事が 大切なんだと思います!

  • 5アリガト
コメント有難う
。そうですね。皆、本当は弱いんですよね、独りは恐いんですよね。だから独りになりたくない…他人の弱さを見て目をつむるんです…自分でその人をどうにもしてあげれない位弱いから…だから見たくない避けようと、イジメ側に加わって自らを安心の中に置く…みたいな。弱いから身を寄せ合って何かをする…。確かに独りでは大した事は出来ないけど…。弱い人がいたら支えあって、手を差し延べる勇気が必要ですよね。イジメる人も弱いはず、やはり手助けや優しい気持ちや心に飢えているんだと思いますよね。その人を救う前にイジメられている弱者に手助けや声、勇気を与えればイジメてる側、イジメてる人にも、【人の心】は伝わっていくと思いますよね。
決して力ずくでは片付かない気がしますよね。
  • 2006/12/12 12:46に回答
いじめを恥ずかしい事だと教育する社会といじめられない自分自身と回りの愛情の強さが必要だと思う。
あと、暴力絶対
ってどうなのかなぁ。
どうやって自分を守るの

私は子供に自分を消すぐらいなら自分を守るためなら戦え
どこえでも謝りに行くから。と言ってます。
  • 5アリガト
コメント有難うございます。暴力反対だけど、【目には目を】ですか。【窮鼠猫を噛む】じゃないけど、貴女の言ってる意味判ります。
しかし昔の仇討ちの様になりはしないだろうかと…それもまた。その場で後腐れ無く決着付くならベストかも…。暴走してる人に道理が効かない様な気もするが。
  • 2006/12/12 12:08に回答
子供の頃は無意識に残酷だから…(自分がそうだったし


全員に可能じゃないかもしれないけど
格闘技をならわせる。
柔道やら空手やら。

腕力を付ける事で自信になって でも殴られる痛みもわかるから無闇に暴力をふるわなくなるし
礼儀も身について
イジメられもイジメるもしなくなる気が…ダメかなー?
  • 5アリガト
そうですね
。警察官は必ず剣道か柔道どちらか必須と聞いて俺も警察の道場でしばらく習った事があった(警察の人が子供に教えてたから)。確かに礼節とか武道は全てを教えてくれますね
。急所も。柔道なら【落し方】とか落ちた場合の気合いの入れ方まで教えてくれますよ。ちなみに【落す】というのは襟(エリ)で頸動脈を絞って気絶させる。という危険な技です。危険は投げにしても、一歩間違えれば大変な事になる(投げる側も受け身側も下手すると骨折させる危険性もある)。色々なスポーツも間違えれば危険な部分があり、スポーツを通じてそれらを学べば…(とは思うが…女子はなかなか…)。昔の子供は【ごっこ遊び】で(プロレスごっこやターザンごっことかいささか古いが)学んでいたのに…。そんな事さえ、なかなか難しい時代なのかなぁ
  • 2006/12/12 10:44に回答
昨年ですが、子供の虐待を未然に防ぐための「CAPプログラム」っていうのを体験しました。
しかし、幼児用のプログラムで、対上級生っていうスチュエーションのものがあり、疑問を感じでしまいました。
遊び道具を横取りする上級生と、負けてしまう下級生。
こんな事があったらこうしましょう、という対策が…

その上級生に対し、下級生が集団になって
「今日は僕達が使うんだ」「怖くないぞ」など罵声をあびせる、というものだったのです


体験に参加したのは保育士、幼稚園教諭、父兄。
ですから、「この場合、大人が入ってフォローしましょう」などの指導なり何なりがあれば納得もしたのですが…。そういう事は一切ありませんでした。

何か、いじめの連鎖を見たような気分になりました。
回答にはなっていませんが、デリケートで難しい問題なのは確かですね。
  • 5アリガト
有難う御座いました。確かに解決策の仕方かもしれませんね。しかし見方を変えると仕返しの様に感じますよね。相手を思いやるという方法とかは無かったのでしょうか。虐待は抵抗出来ない相手に対してが多い、例えば子供が親に頼らなければ生きていけないのに…その状況下でどんな術があるのかですよね。
  • 2006/12/12 10:19に回答
いじめは不要です。いじめは強い人間を作りません。

最近の虐待(とされた)事件は、虐待に名を借りた悪質な殺人(又は殺人未遂)です。これこそ極刑に処すべきです。
  • 5アリガト
コメントありがとうございます。虐待に関しては全く同意見です。イジメの範囲はやはり線引きがかなり難しいのかな?と思います。受け手がイジメと感じたらどんな些細な事もその人にはイジメになるでしょうし…。スポーツクラブでシゴキにあって脱水で亡くなった生徒もいましたが…それをどう受け取ればよいのか…。素直にスポーツの為?…。バレー部でうまく出来ない人に顔面向けてボールを投げ続けるのは…なんだろう…(その子はイジメにあったと言っていた)
  • 2006/12/12 8:51に回答
下の回答を書きながら一つ思いついた

「小学生以上に銃の携帯義務化」
イジメたら撃たれるかも…と思えば怖くて。
イジメや誘拐、犯罪事って加害者と被害者の戦力差に起因する事が多いので、それを無くす方向へ。少なくとも、直接被害は減ると思いますよ。
今は規制されてるので、規制をくぐり抜けてる悪人だけが銃を持って、善良な市民が持ってないという矛盾の解決にもなるし。
  • 3アリガト
過激な意見ありがとうございます。発想の転換は良かったけど非現実的で…。それに、仮に小学生がそういう物を持ったとしても、素手の大人の方が簡単に取り上げられるし…結果は悲惨な物になりそうですね。
  • 2006/12/12 8:33に回答
こうやって全体論をしてる事がピント外れ。
トピ主も書いてる通り、イジメの無い社会は無いと言う前提に立って、その中でどう対応するかは個々の個性と周辺環境によってマチマチ。
全体論を何回話ても理想論しか出ないと思うけどな。
  • 3アリガト
おっしゃる通り。何の対策にもならないかもしれないし進展も無いかもしれないですね。しかし思う事言う事はあなたと同じ【言論の自由】貴重なご意見ありがとうございました。
  • 2006/12/12 8:27に回答
リボンの話は初耳でした。

今度はリボンを付けてるか否かでもイジメになるんでしょうね…
  • 5アリガト
コメントありがとうございました。そうですよね。一同右へならえ!(それは良い方向だから良いのかもしれないけど…)そうしながらも馴れの中に、少しづつ序列が生まれて来るんでしょうね。横一列はなかなか難しいのではと思います。
を付けているのにイジメが発生しなければ良いが…かえって難しくなりそうな…。(うちの学校は
付けてるからそんな事はあり得ないと…)そうならない事を願う。
  • 2006/12/12 7:31に回答
「最近の子供は変わった」と言いますが、子供はちっとも変わってない。変わったのは「大人のほう」大人の社会および家庭親族内で[いじめ・ねたみ・いたずら・皮肉]等々のこれらが昔に比べて日常化している様に感じる。それに親はすぐに[学校のせい、社会のせい]にしようとする。人と争いイジメねたみ、悪口を言い批判ばかりする…感謝の心などとっくに忘れ何かあれば他人のせいにする…こんな親の言動や考え方を間のあたりにして育つ子供に健やかな心が育つはずはない。「目に見えないものの中にこそ、目に見えるもの以上に価値のあるものがある」事を忘れて久しい大人達と今の日本社会。表面で子供達の現場でばかり[どう対処しようともがいても]たぶん重要な視点からそれている限り【変わらない】もしくはおっしゃる通り、急に色々な事をさらに押し付けられる子供達の事を考慮すれば【更に悪化する】可能性は大だと考える。
  • 5アリガト
コメント有難う御座いました。誰だかが言っていた。【ゆとり学習(教育)】も間違いだと。中身の無い押しつけゆとり。結果子供等は塾で補講するハメになり、親の負担まで増え…。誰がその時間をどう有意義に使うのかすら曖昧に、ゆとり教育が無意味にひとり歩きしてる様な。いや、いまはそんな物誰も有り難がらない…どこか狂ってるから、誰かがゆとりの時間を持とう人間らしい時間を作ろうとしても大人のエゴや自己満足風にしか思えない感が否めない。どうせ強制するなら山でも登らせる位の体を使って会得する時間でも作った方が良さそうな気もするが…。
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